大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)1824号 判決
原告 伊藤長治 外四名
被告 大阪陶業株式会社
一、主 文
原告等がそれぞれ被告会社の従業員であることを確認する。
被告会社は原告等に対し昭和二十四年十月三日より毎日別紙賃金表記載の金員を支払うべし。
訴訟費用は被告会社の負担とする。
この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因としてつぎの通り述べた。
「被告会社は電気器具用碍子の製造販売を目的とする株式会社である。原告等は被告会社の従業員であつたものであるが、いずれも大阪陶業労働組合の組合員で原告Aは副執行委員長、同Bは書記長、同Eは執行委員、同Dは会計監査、同Cは元執行委員であつて、積極的に組合活動をしてきたものである。そして右組合は昭和二十一年三月結成当初より被告会社の全従業員をもつて組織する唯一の労働組合で、昭和二十三年十月一日被告会社との間に有効期間を一ケ年とする労働協約を締結した。ところが被告会社は昭和二十四年八月七日抜打的に原告等を含む四十二名の従業員の解雇を行う旨発表したので、組合は右の措置は協約中の従業員の解雇の基本的事項は人事委員会を開いて組合と協議決定して行う旨の規定(第六条)に違反しているものであるから大阪地方裁判所に申請して被告会社は人事委員会の協議を経ないで申請人組合員を解雇してはならない旨仮処分決定をえた。そこで被告会社は右決定に従い同年九月十一日より四囘人事委員会を開き組合と協議したけれども、それは形式的に開いたのみでその都度今囘の人員整理は非協力者を対象とするものであると述べるだけで具体的な解雇基準を明示せず、同月三十一日一方的に協議の不成立を宣言し、同年十月二日原告等を含む四十名の従業員に対し解雇の意思表示をした。
被告会社が右解雇を行うに至つたいきさつはつぎの通りである。被告会社は昭和二十四年一月より従業員の賃金の支払遅滞を重ねていたのであるが同年五月より被告会社の収支計算は黒字に転じていたにもかかわらず依然として支払予定も示さず何等の対策も樹てないでいた。一方組合は従来長期勤続者が執行部を独占しこれ等の者は賃金労働条件等につき被告会社から特権的待遇を受け非現業労務に従事していたところ、組合内部における御用化排除運動により組合の一切の機関から排除されて執行部の陣容が一新されたため、これに対する反感を革新派の新執行部に向け昭和二十四年六月頃グループ(年功部)を作り組合員の間に反執行部的な空気をかもし出すために被告会社と連絡の上職場主任の地位を利用して勤務時間中に度々職場常会を開きその間空白による生産低下を組合の責任なりと称し、或は全一日にわたる職場ストを行わしめ、会社の許可した組合の大会にはこれが不成立をはかつて従業員に強制して就労させたりしていた。このような情勢のもとにおいて、組合は賃金の支払遅滞克服につき被告会社に協力するため同年七月三日組合の臨時総会で能率の向上を目的とする生産復興会議の設置を決議しこれを提唱した。被告会社は組合の提案を容れ同月八日よりこれを実施した結果その成果は大いに揚つた。
それにもかかわらず被告会社は金融が困難であるとの理由で相変らず遅滞賃金の支払予定の言明をさけていたのであるが組合員中の職員会社派グループa、b、c、y、e等と通謀して組合の切崩を画策し同年八月初旬頃f(後に結成された第二組合の組合長で職場主任)、g(同執行委員、職場主任)、h(同会計、職場主任)、i(同執行委員、職場主任)、j(同執行委員、職場主任)、k(同設立委員、職場主任)、y(被告会社専務長男)、a(同執行委員、人事課長)、l(同設立委員、職場主任)が会合し第二組合の結成を決議し、被告会社社長等はこれ等の者と連絡協議の上大阪陶業労働組合(以下第一組合と略称する)の有力活動分子を解雇することにきめ、前記の者は数日後再度会合して第一組合に対する退職金規程設定についての囘答日を期して、工場長の団体交渉拒否声明、第二組合結成ビラ配布、解雇予定者発表等を打合せ、前記のように被告会社は同月七日突如として人員整理案と題する原告等を含む四十二名の解雇予定者の氏名を連らねたビラを工場内に配布し、同日正午全従業員を工場内陶像前広場に集め社長自ら『今囘の人員整理は先輩、銀行の勧告に従つたものであるが、第一組合は会社に対し非協力であるから、このような無軌道分子は退めてもらう。この度新組合(第二組合)が結成されることになつたが、会社としてはその趣旨に賛同するものであり今後は第二組合と団体交渉を開き遅滞賃金の問題も解決しまた退職金制度も設ける考えである。なお、第二組合に加入すべき課長級の者から各自申出があつたのでその者の職級を下げることにした。』旨訓辞し右人員整理なるものの企図するところを卒直に表明した。
そして、同月十五日大阪陶業新労働組合(以下第二組合と略称する)の結成を見るに至つたが、この第二組合の結成は被告会社の介入または支配により右人員整理と相呼応しこれと密接な関連の下に行われたのである。すなわち、同年八月六日第二組合結成のビラ配布後予め連絡しすでに来社していた総同盟阪南地区協議会のi′、j′等が会社側と面談後第二組合結成の指導に当つたのであるが、その設立準備委員は殆んど全部が課長、係長、主任及び職員または会社重役の家族であり、然らざる者も顕著な会社の協力者であつて従業員の監督的地位または被告会社の利益代表者的立場にある者である。そして、第二組合の設立準備趣意書が流されると設立準備委員会は、直ちに人員整理原案の発表により動ようせる第一組合員に対し、第二組合に入れば首は大丈夫だと書いたビラを配布し第一組合が『第二次、第三次の馘首の危険性がある』と応ずると被告会社は工場長名を以て第二次首切りは致しませんと工場の門前に貼り出し、第二組合は『第一組合に留る者は解雇されるが第二組合に加入すれば首は安全だ。会社は遅滞賃金も第一組合の者には払わぬが、第二組合の者はもらえる。』等と第一組合の脱退、第二組合への加入を勧説した。また、第二組合結成大会には、被告会社専務取締役dの長男yが総同盟加入を第二組合員に強制し賛成者は数名を出でないにかかわらずa人事課長が議長として採択し、質問や抗議をおさえるため経過報告をb、議案説明をeがなす等すべて課長、係長が議事を行いa、eは交々『会社は第一組合に同調する者には断乎たる処置をとる。第一組合員には遅滞賃金を支払わない。』と言明したのみならず、第二組合の結成準備及び大会の費用はa人事課長を通じて被告会社から支払われているのである。
更に、被告会社は、第二組合結成後は、第一組合員の就業時間中の組合活動については賃金より控除したのに第二組合員のそれはこれが控除をなさずして支援的態度をとり、第一組合に属する従業員殊に女子従業員の就労につき職制上圧迫を加える等、一方第二組合の御用化育成につとめるとともに他方において第一組合に対し圧迫やえこひいきをつづけた。
そして本件被解雇者四十名中三十七名は第一組合員で他の三名も第一組合系と目された者であり、第一組合の中でも主要活動分子たる役員十六名、共産党員たる組合員十七名及びその縁故者九名は悉く含まれており、当初のいわゆる原案に指定されてその後解雇を免れた者はつぎのような特殊事情によるものである。すなわち、mは原案発表当時は第一組合の執行委員であつたが後第二組合に加入したので解雇を免れ、nは原案当時すでに辞任していたのであるが第一組合の執行委員であると目され憤慨したが、友人の第二組合員oに慰撫され組合活動をやめて休暇をとつて帰省していたので解雇を免れ、pは第二組合長fから任意退職をすれば他の被解雇者より退職金を多くもらつてやると説得されて自発的に退職したため解雇の必要がなくなつたものであり、qとrは第一組合の活動分子として原案にあげられていたが組合活動をやめたので解雇を免れた。
このようにして第一組合は活動分子三十七名を解雇され、残存組合員もその後引続き行われた被告会社の圧迫に抗し切れず全部第二組合に加入するに至り被告会社の所期通り壊滅した。
以上の事実を総合すると本件解雇は実質上原告等が労働組合の組合員として正当な組合活動をしたことを理由とするものであつて、労働組合法第七条第一号にいう不当労働行為に該当し無効であるところ本件解雇の意思表示のあつた当時原告等の平均賃金は別紙賃金表記載の通りであつたから、原告等は被告会社に対し原告等が被告会社の従業員であることの確認と、昭和二十四年十月三日以降毎月別紙賃金表記載の平均賃金の支払を求める本訴におよんだものである。」
なお、被告会社の主張に対し、つぎの通り述べた。
「被告会社の経理状態は現下の一般経済界の不況にもかかわらず好調を示しておるものであつて、企業整備の必要性に乏しい。仮に何らかの企業整備の必要があるとしても、被告会社が本件人員整理によつて節減しうるところは僅かに一ケ月二十五万円で全人件費の五パーセントに過ぎず、その後女子従業員十名および臨時工を新たに募集している事実に徴し人員整理の方法によらなければならない正当な理由を見出し難い。仮に、人員整理の必要があるとしても被告会社主張の考課表なるものは本件解雇のため特に作成したものであり、その具体的にあげている理由を見ると、原告等は組合の正式機関の決議によらないで他の従業員をして作業を放棄せしめたとなすのであるが、原告等がかかる行為をした事実はない。被告会社は前記のように賃金の支払を遅滞しておりかねて公約したその支払期日である七月二十日及び八月三日のいずれにもその支払をしないので組合員は被告会社の不誠意に憤激し、その翌日である七月二十一日及び八月三日の両日組合執行部に押し寄せ執行部の指示を俟たず同日職場大会を開き職場抛棄を決議し、それぞれ自動的に主要職場を除いたサボを行つたものであつて、右のような職場サボが組合の正当な争議行為であることは勿論であり、原告等組合幹部の責任を問わるべき筋合のものではない。また作業中の組合活動及び職場出入についても原告等は組合が提唱した生産復興委員会の委員としてその実施の責を負うており、そのため各職場の作業主任とも連絡しまた組合員に対しても賃金遅配についての被告会社との交渉経過を報告し、職場抛棄による混乱を防止し以て生産の向上を期することにより賃金遅配を克服しようとの意図に出ずるもので原告等組合幹部がその状況を報告する都度工場長は感謝していたものであり、これを以て作業時間中の組合活動であるとなし、また非協力となすは全く堅白異同の弁である。
しかも、被告会社の賃金制は生産給と能力給を以て構成せられているものであり、前者は責任、技術、就労、環境(職場の種類)により採点したものを基準として決定し、後者は生産高に応じて給与するものであるが、原告等の最近六ケ月間の平均能力給の基準は別紙目録の通りであつて、原告Aは中位、他の原告はいずれも上位である。これをもつてみるも本件解雇の基礎となつた考課表なるものが全く不正確で信をおくに足らないものであることがわかる。」
(証拠省略)
被告会社訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎの通り陳述した。
「被告会社が原告等主張の業務を営む会社であり、原告等が被告会社の従業員であり被告会社の従業員を以て組織する大阪陶業労働組合の組合員であつたこと右組合と被告会社との間に原告等主張の労働協約が締結されていたこと、及び被告会社が原告等主張の日に原告等を含む四十二名の従業員の解雇原案を発表し、ついで原告等主張の日に原告等を含む四十名に対し解雇の意思表示をしたことは認める。
しかし、本件解雇は不当労働行為ではない。被告会社は電気用特別高圧碍子という特殊なものを製造している関係上、売掛金の囘収は困難を極め、昭和二十四年一月以降六月までに一ケ月平均六百三十一万一千円の資金不足で、この金額は過去の買掛金及び借入金の支払を棚上げした計算であるがこれ等を含めると実に一千七百六十九万八千円の資金不足となり、原告等主張の頃から従業員の賃金の支払も遅滞しがちであつたところ、為替レートの設定、ポンド切下により海外よりの受註量が激減したので企業を維持存続するために人件費の節減を図るとともに能率の向上を企図せねばならなかつた。従つて、本件人員整理は経営合理化上やむをえず行つたものであり、被告会社は右整理についてはかねて集められていた諸資料に基いて、つぎのような基準により従業員の考課表を作成した。
(1) 調和、常に同僚、職制と抗立して作業に支障を来す者は調和性がないものと認める。協同作業の場合自己の怠慢から他の者に負担をかけそのため非難されて反目口論をなし作業に支障を来す者も調和性のないものとする。
(2) 協力、生産を阻害する者および他人をして生産を阻害せしめる者は非協力と認める。
(3) 技能、技能の低い者、能率の悪い者は技能不良と認める。
(4) 就労、出勤率の低い者、出勤しても働かない者は就労不良と認める。(働けば技能、能率がよいはずの者が働かなくて技能、能率の悪い者は就労で採点する。また作業場を度々離れることがあつても普通またはそれ以上の生産をあげ他の者の生産を阻害しない者は就労だけで採点する。)
そして、同年八月六日部長会議を開いてこれを比較検討して整理原案を作成し、更に九月二日と同月二十八日との両度にわたつて慎重に原案を検討してげん正に解雇者を決定したのであるが、解雇者の決定に当つては、各職場毎に必要人員を定め、余剰人員を右四基準につきそれぞれ甲乙丙丁の四段階に評定した考課成績の下位の者より順次解雇する方針をとり、原告等の考課成績は別紙の通りでいずれも低位にあつたので解雇したのである。
なお、解雇原案は原告等主張の八月七日これを発表したのであるが、それは同日正午被告会社社長が全従業員に訓辞をし人員整理を断行すると発表した際多数従業員から被解雇者の氏名をすみやかに発表されたいとの要望があつたので、被告会社はこれを容れ、同日午後四時頃これを発表したのであつて、これについて第二組合の結成準備委員等と打合をしたり連絡協議したことはなく、また右社長の訓辞中に原告主張のような言辞はない。しかるところ、第一組合は大阪地方裁判所に仮処分を申請し原告等主張の通りの決定をえたので、被告会社は第一組合との間に原告等主張のように四囘人事委員会を開き、解雇について協議したのであるが、組合側の発言は経営の民主化、中央市場の開拓等抽象的な言辞をもてあそぶのみで、人員整理の問題については全然耳をかそうとしなかつた。しかし、被告会社は、なお、念のため、協約中の会社組合間に紛議が生じたものとして九月三十日事業協議会を開いたのであるが、組合側は相変らず抽象論をくりかえすのみで具体的な討議に入るのをさけたので遂に協議は調わず、やむなく人事権を発動したものである。
解雇者の中には第一組合員が多いのは整理原案の発表後組合の自壊により第二組合結成のため多数組合員が脱退したのに対し、整理原案に上つた四十二名の殆んど全部が第一組合に残つた結果である。整理原案中のs、t、pはその後第二組合に加入したが辞表を提出した。解雇者決定の時には原案から九名が除かれ七名が追加されて四十名となつたもので、この時には両組合の分野がはつきり分れていたが追加された七名の内四名(u、v、w、x)は第二組合員で三名(a′、b′、c′)は第一組合員であつた。解雇者の中には勿論組合役員も含まれているが、それは前記のように各職場における考課成績の劣位者であるからであつて、役員であつたり正当な組合活動をしたことによるのではない。また共産党員であるかどうかは自ら名乘る二、三名の外は被告会社には全然判つていなかつたのであるから共産党員であることを解雇の理由としたということは事実上ありえないのである。
原告等の所属していた第一組合は被告会社の従業員全部約四百七十名を組合員としていたが、昭和二十一年三月結成以来その運動方針は時に右傾し、また時には左に走り、昭和二十四年五月まで三ケ年余の間に任期によらない改選が九囘も行われその都度組合長以下全役員を改選しているが、昭和二十四年春の改選で幹部の大部分が更迭するやその活動はにわかに尖鋭化し、同年七月三日法外組合を宣言し、特定政党運動を組合内に持込み、被告会社との間に平和条項を含む労働協約をむすびながら実力主義を標ぼうして次第に正当な組合活動の範囲も逸脱してきた。特に原告等は組合の正式機関の決定によらないで他の従業員をして作業放棄、怠業、職場離脱等をなさしめたことは枚挙にいとまがない程であり、紛議調整(協約第十七条乃至第二十条)の手段をつくさずしてなしたこれ等の行為は協約違反である。これに対して被告会社は組合専従者の給料不支給、作業時間中の組合活動に対する賃金不支給課長その他会社利益代表者の組合からの脱退等合法組合たるべきことを要求した事実はあるが(この要求は組合の容るるところとならなかつた。)、被告会社が組合に介入したり組合を支配した事実はない。また原告のいう年功部が職場スト又は作業放棄をした事実はなく、もとより被告会社がこれを黙認したり協同したことはない。そして、原告等主張の同年七月より実施した第三次生産復興運動も生産の実権を小数組合幹部の手に移し、ソ連式の生産管理方式を強行せんとしたため一般組合員の支持を失いその実績はあがらず生産は六月に比し二割も低下した有様で、前記被告会社の経理面のきゆう迫と競合して従業員の生活は極度に脅かされるに至り、多数組合員は原告等を含む小数幹部の行動にあきたらざるものがあつたが労働協約のユニオンショップを楯に除名解雇の威かくが行われたので、表立つた運動とはならずにいたところ、組合員e′等が新組合の結成を提唱するに及んで急速に第二組合の結成となつたものである。
第二組合の結成は全く自然発生的なものであり、被告会社の関知しないところである。従つて、第二組合の結成が被告会社の介入または支配により本件人員整理と相呼応して密接な関連の下に行われたとの原告主張事実はこれを否認する。
また、被告会社が第二組合の結成準備及び大会の費用を負担したとの原告等主張事実及び第二組合結成後第一組合に対し圧迫を加えたり、第一組合員に対し差別待遇をしたとの原告等主張事実はいづれもこれを否認する。原告等その余の主張事実は組合内部のことであつて被告会社は不知である。被告会社が原告等解雇の後女子職員若干名と臨時工も採用した事実はあるが、これは本件人員整理の後会社役員、部長、課長、係長等約二十名の退職を求めたのでその補充として雇用したものである。なお、被告会社の賃金制及び原告等の賃金は勤務成績と直接のむすびつきはない。
仮に、本件解雇が不当労働行為であつて無効であるとしても、第一組合は委員長k′を代表者として大阪地方労働委員会に対し斡旋の申立をし、昭和二十五年一月三十一日組合は本件解雇を承認し被告会社と第一組合とはそれまでの紛争の一切を解決することに関し協議が成立し協定書に調印した上、原告等を除く被解雇者全員は右和解協定に基く金員を受領したのであるから、組合員たる原告等は右和解によつて退職したことになるのであつて、いずれにしても本訴請求は失当である。」と述べた。(証拠省略)
三、理 由
被告会社は電気器具用硝子の製造販売を目的とする株式会社で原告等はその従業員であつたが、被告会社が昭和二十四年十月二日原告等をふくむ被告会社従業員四十名に対し解雇の意思表示をしたことは当事者間に争がない。そして被告会社はその解雇に先だち同年八月七日原告等を含む四十二名の解雇案(整理案)を発表し、原告等はその解雇案通りに解雇されたものであるが右解雇案発表直前の頃原告等は被告会社の従業員をもつて組織する大阪陶業労働組合(第一組合)の組合員であり、原告Aは副執行委員長、同Bは書記長、同Dは執行委員であつたことは当事者間に争がなく、証人f′の証言によれば原告Cは当時同組合の青年部長であつたことがみとめられ、原告等がいずれもとくに活溌に組合活動をしていたものであることは弁論の全趣旨から見て争のないところであつてその組合活動は被告会社の注意をひくに十分であつたことがうかがわれる。
そうすると、労働組合においてかくのごとき地位にありまた活溌に組合活動をしていたものを解雇したについては、被解雇者の組合における地位ないし組合活動がその解雇の理由となつたものではなく、他の理由によるものであることが特に明らかにならないかぎり、一応その解雇は右組合内の地位ないし組合活動を理由としたものと推定せざるを得ない。解雇は原則として使用者の自由であり、法は積極的に解雇に理由をもとめてはいないので、使用者はある特定人を解雇の対象としたことについては一般には理由を明示する必要はないわけであるが、使用者と労働組合との間に本質的に存する対抗関係に着目し、一般に使用者はその対抗上組合の役員その他組合活動を活溌に推進する者に対し、解雇の誘惑にかられ易い立場にあるものであることを考えると、かかる者に対し解雇がなされたときは、他に特段の理由が明白でないかぎり、解雇が組合に対する一の対抗手段として用いられたものとみるのが労使関係の現段階における実態に即しているというべきであるからである。
そこで、原告等の解雇理由について、被告の主張するところを検討しよう。
まず、被告は右の解雇は被告会社が経営難におちいつたためその打開のため経営合理化の一環としてなした人員整理であると主張し、この点につき成立に争のない乙第一号証、第二号証の一、二、証人d、d′の証言を総合すると被告会社は昭和二十四年に入つた頃から、経済九原則発表のあといわゆるドッヂラインにそつた金融のひきしまりの影響をうけ、また見返資金の融資による電力開発が著しく遅れ日本発送電株式会社その他各配電会社電機器具製作所工場方面からの平常の需要すら相当に見送られるありさまで、製品の売行きおよび新規の注文も極度に減少して在庫手持品が累増する一方売掛金の囘収も困難となり、さらに同年四月三百六十円の為替レートの決定が被告会社の対外取引に緊張をもたらしたこともてつだつて、その経理面は著しく悪化し資金窮乏の状態をつづけるにいたつたことがみとめられ、当事者間に争のない同年一月から八月にかけて従業員に対する賃金の支払が遅滞をかさねたことも、この経理面の悪化によるものであつて、被告会社はその打開策として人員整理による人件費の節減を企図しこれに着手したものであることをみとめることができる。乙第二号証の一にかかげられた被告会社の昭和二十四年度上半期の貸借対照表に当期利益金として金百七十八万円余が計上されているが、製造勘定(手持資材、製品等)未収入金その他の科目と対比すれば、計算上の利益金の算出は、被告会社の経理の窮乏状態と矛盾するものではない。また、原告は原告等四十名の解雇により節減できる人件費は一ケ月わずか二十五万円で、被告会社の総人件費の五パーセントにすぎず、被告の主張する一ケ月金六百三十一万円余の欠損にくらべとるに足らぬ金額であつて、これを経営難の打開策としての人員整理というのはこじつけだと主張するが、昭和二十四年の頃から各企業において人員整理の傾向が次第に一般化し、その頃から経営者の考えが作業の能率化の線にそつた人員整理の方向に動きやすい情勢になつてきていることを念頭において考えると、かりにわずか五パーセントの人件費の節約になるにすぎないとしても、経営者が経営合理化のため人員整理を企図するのは特に異とするに足りないそのことが、はたして客観的にその企業のため何ほどの利益となるかなどということは、経営者の自由な判断にまつほかはない。
さて被告会社が経営難から人員整理を必要としたことが右のごとくみとめられるとして、つぎに、その人員整理を行うについて被解雇者の選定に当り人員整理の必要にかこつけて原告等をその組合内の地位ないし組合活動の故をもつて解雇の対象に選んだのではないかどうかがここに問題の焦点となるわけである。
被告は原告等の解雇を決定したのは、もつぱら原告等の勤務成績によつたものであると主張し、証人c、d、d′の各証言によると被告会社では、昭和二十四年八月六日夜、工場長dの招集により、同人方に各部長が参集して人員整理の具体案をねり、従業員の勤務成績を調和、協力、就労および技能の四項目にわけて甲乙丙丁の四段階に採点し、その優劣によつて職場ごとに従業員に序列を附した考課表をつくり、その序列の最下位の者から順次各職場ごとの被解雇者をえらぶ方法によつて原告等をふくむ四十二名を被解雇者とする整理案(解雇予定者名簿)をつくり、翌日七日にこれを従業員に発表したが、その後右整理案に多少の変更を加え、原案中から九名を除き新たに七名を追加した四十名に対して同年十月二日解雇の意思表示をしたものである。ところで、証人dの証言によると右勤務成績を定めるについて基準とされた四項目のうち、調和とは同僚との折れ合い、協力とは上役の指揮命令に服従し、また他人の仕事の妨害をしないことをさすものであり証人d′、dの証言により被告会社で作成した右の考課表であることの明らかな乙第十二号証(もつとも右証言によれば、この考課表は前記整理案発表後に整理作成されたものではあるが、いまこの点は問わぬことにしよう)によると、原告等の成績は、原告A、Dが、いずれも調和、協力、就労丁、技能乙、Eが調和、協力丁、技能乙、就労丙、Cが調和丙、協力丁、技能乙、就労丙、Bが調和丙、協力丁、技能丙、就労乙となつており、序列はB、Cは下位から二位になつているほか他の三名はいずれもそれぞれの職場の最下位となつており、原告等の勤務成績を前記基準にあてはめるについて被告会社がとにかく右のごとき評価をし、これによるものとして解雇を決定したものであることは明らかである。さて、右採点項目のうち、就労と技能とはその判定の資料いかんによつてなお相当主観的な好悪に左右されうる余地があるとしても一応比較的客観的な評価を期待できるに対し、調和、協力は事がらからみて多分に主観的な恣意をゆるす性質のもので、この二項目の採点を適宜操作することによつて全体の成績にほとんど致命的な影響を与えることができるわけであり、結局考課表として一旦文書に作成されるといかにも客観的な外観を呈するが、その実体においては、なお作成者の主観に強く支配されていないかどうかの疑のもとに検討しなければならない。これをここでの問題に即していえば、原告等をその組合における地位なり組合活動の故に会社内から排除したい気持が、原告等に対する採点とくに調和協力の項の採点を支配したことは、なお十分あり得ることで、最悪の場合として、まず結論的に解雇を決定した上で、それに照応するように採点した場合も考えることができないわけではない。そこで、右の採点がどの程度の資料と準備のもとに、また、いかなる情勢のもとでなされたものかをかえりみなければならないが証人c、d、d′の証言によると前記昭和二十四年八月六日夜整理案を作成した当時には、乙第十二号証のごとき考課表はまだできておらず、整理案を作成するために、その場で、参集した各部長が、各部の課長その他各職場の責任者がそれぞれ監督下の従業員についてその成績をメモにした程度のものを持ちよつてこれを参考にし、さしあたり整理案作成に必要な成績の劣位のものについてだけの考課表を一夜にしてつくり上げ、これによつて直ちに整理案を作成したものであることをみとめることができる。一方において、当時被告会社は同年一月以降賃金の遅払に遅払をつづけており、当然これについて組合との間に交渉が行われていたことは当事者間に争のないところであり、これがため従業員が動揺しやすい不安の状態にあつたことは容易に推測でき、証人d、e′、f′の証言と成立に争のない乙第六号証によれば、かかる状況の中で組合内部にあつてかねて組合幹部に不満をもつていた一部組合員が、組合の分裂をはかり、会社に対してより妥協的な新組合の結成準備をすすめ、同年八月六日新組合設立趣意書を従業員に配付したが、その設立趣意書は、まず被告会社の経営が現在危機にあることを指摘した後、第一組合幹部の政治的偏向を非難するとともに、所謂法外組合たることに対する不満をのべ、「われわれの生活の平和と安全を護るために現在の法外(アウトサイダー)組合にはどうしても同意し難く、ここに新たに法に副う新組合を渇望するわけである。しかし法に則る組合とはいえ、いたずらに経営者に迎合するものではなく、また、資本家の代弁者として組合員を生産に馳り立てるものでもない。われわれ労働者の今日の糧を確保する生産――明日の生活をまかなう生産――の為に立ち上る組合を結成しようとするもので、この新組合は働く者の味方であると共に、また当然会社としても認めざるを得ない組合であつて、設立後は対会社との交渉は必然的に新組合との間に行われるものと確信する。再び新組合は平和と秩序の上に立つ合法組合であり、働く者の安心して頼れる組合であつて、その発展育成はひとえにわれわれ働く者の手に握られているものであることを宣明する。右趣旨に賛同され真に自己の生活を安定させ民族生産の一翼を担わんとする同志諸君及諸姉、すでに矢は放たれたのである。何もちゆうちよすることはない。直ちに新組合に加入されることを望む」とのべており、この新組合設立趣意書の配付と前後して、その前日五日には工場長dは従業員を集めて、組合幹部の活動を行きすぎとして非難する談話をし、新組合設立趣意書の配付のあつた六日には前記の通り原告等の解雇案が作成されており、その翌日七日の正午頃には被告会社社長zが被告会社工場前広場に従業員を集めて訓辞をし、その中で人員整理を行うことを発表するとともに、それまでの組合幹部の行動を会社に非協力な態度として強く非難して今後それら組合幹部とは断じて交渉をしないと断言し、一方新組合の設立に対してその趣意に賛同の意を表明し今後その新組合と交渉したい希望をのべ、その日の午後四時頃整理案の発表をみるにいたつたが、その直後頃被告会社に、作成者は明らかでないが、急告と題して「新組合結成途上一部従業員の整理案の発表をみました。折角新組合に加入された方の中にも若干の人名はなんら心配することはありません。新組合は必ずその方々の御期待に副うよう善処いたしますから安心して今まで通り職場を離れずに平常通り作業をお続け下さい。」という掲示がなされ、その後同月十五日前記設立趣意書をうけて新しい大阪陶業新労働組合(第二組合)が結成されたが、その結成の前日被告会社は「労働組合が法外組合とみとめられるならば、その労働組合のもつ労働協約は労組法ならびに労調法に関するかぎり法的に失効するものと思う。」という告示を出し、第二組合が結成されるや第一組合の組合員四百名程のうち八十名程をのこして大部分が第二組合に加入したが、整理案にのせられた四十二名は、二、三名を除きすべて第一組合にのこる結果になり、その後十月二日最後的に四十名の解雇がなされるまでになお第一組合から第二組合に走る者が出て、第一組合に残つたものは結局すべて解雇され第一組合はついに壊滅状態になつたものである。そしてなお、証人g′の証言によれば、第二組合の組合長は第一組合の組合員であつた同証人に対し第二組合加入を勧誘するに当つて、第一組合にのこつていると給料の支払を受けることができないと説いて、同人に対する右勧誘に成功していることから推して、他の従業員に対する勧誘についても同様の勧説がなされたことがうかがわれる。また、証人e′、dの証言によれば、第二組合設立委員の中には被告会社の倉庫課長e′、人事課長aも有力な一員として加わつていたが、ともに前記設立趣意書配付の前日課長を辞し、第二組合結成後e′は副組合長、aは事務局長となつている。最後に証人h′の証言によると被告会社の従業員は一般に原告等四十名の解雇は第一組合のものであるために解雇されたものとみていることがうかがわれる。
以上の事実を通観すると、組合の分裂、第二組合の結成について第二組合側の幹部と、被告会社の幹部との間に具体的に連絡なり、協議などがあつたとみとめる証拠はないが、第二組合側において自ら会社からの好意を自負し、強力な庇護を期待しており、被告会社の側では第一組合に対する強い反感と第二組合に対する強い支援の意向をもち、互にそのことを十分意識し合つていたことは争えないところである。こういう情勢のさ中にあり、とくに被告会社の社長等幹部が原告等第一組合の幹部に対してはげしい反感をもつた状態のもとで、前記八月七日発表の整理案が作成され、その基礎たる原告等の考課表ができているのである。原告等に対する前記採点なかんずく調和協力の採点にあたつて被告会社の工場長部長等採点者が原告等に対するその組合活動を通じての反感を織りこまなかつたと考えることは容易でない。もつとも、逆に原告等の勤務成績が優秀であつたというような証拠はない。かえつて、証人d、cの証言および証人dの証言により真正に成立したとみとめられる乙第五号証の三によると被告の主張するように、原告A、Cが昭和二十四年七月二十一日および八月三日、勤務時間中被告会社の許可なく職場大会をひらき、他の従業員をもその作業から離れさせたことがあり、また原告Aは汽罐場の勤務であるが、夜間勤務中寝込んでボイラーの火を消してしまつたことがあり、その他原告等の勤務振りには、被告会社として数えればあれこれ不満な点があつたことはみとめられるが、昭和二十四年七月から八月頃は前記のように被告会社は従業員に対する賃金の支払をおくらせており、これについては組合は会社と種々交渉をしていた際であり、賃金不払のごとき労働者の生活に直接の脅威が加わつた事態の中にあつて職場が相当に混乱することは無理からぬところで、右職場大会のごときもその一つのあらわれにすぎないとみられるし、組合幹部たる原告等がその混乱に一役買つたとしても普通ならば、被告会社としても自分の方に責任のあることで大目にみねばならないところであらう。また原告Aのボイラーの火を消した過失はとがむべきであるが、証人f′の証言によると同原告の勤務振りはその組合活動の関係をのぞけば一般に特に悪かつたようにも思えない。つまり、原告等の勤務状態は欲をいえばきりがないが、組合活動の行きすぎとされる点のほかは他にくらべて特にとりたてて悪かつたとみとめねばならないような証拠はなく、組合活動の行きすぎとされる点については、前記のような賃金遅払にともなう職場混乱の一態様として被告会社としては大目にみなければならないところで被告会社としてもそのことはわかつていたとせねばならない。
事実関係を以上のようにたどつてくると、原告等の解雇がその組合の役員たる地位ないし組合活動を理由としてなされたものとの推定はこれを動かすに足る解雇理由が他にあつたとはみとめ難いのでやはり維持するほかないとせねばならぬ。そして前段ですでに判断した点を除いて原告等の組合活動に正当でないものがあつたという証拠は別にないのであるから、被告会社の原告等に対する解雇は原告等が労働組合の正当を行為をしたことの故をもつてなされたものというべきで、労働組合法第七条第一号の禁止にふれ無効といわねばならない。
なお、被告は昭和二十五年一月三十一日大阪地方労働委員会の斡旋で、原告等の属する第一組合との間に原告等の解雇について和解が成立し、組合は解雇を承認したので、原告等に対する解雇の効力はこれによつて確定したと主張するが、労働者の団結権はまず労働者個人の権利であつて、労働組合法第七条第一号はその団結権を労働者個人について保護することによつて労働組合運動を不正な侵害から守ろうとするものであり、これによつて個々の具体的な労働組合もその保護をうけることになるので、組合自体にも救済の申立をする権利になるとはいえ、労働組合がその救済を放棄したとしても、解雇された組合員たる労働者個人の権利はこれによつて影響を受けるものではなく不当労働行為たる解雇は、解雇された組合員の属する労働組合の解雇承認によつてその組合員について有効となるものではないと解せねばならない被告の右の主張はそれ自体理由がない。
そして、被告会社と原告との間の雇傭関係についてはそのほかに終了原因として何も主張がないのであるから、現に継続しているものとするほかはない。
また、昭和二十四年十月二日の解雇当時原告等の平均賃金がそれぞれ別紙賃金表記載の通りであつたことは被告において明らかに争わないので自白したものとみなす。
よつて原告等の請求を全部正当として認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 麻植福雄)
(別紙省略)